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九月後半の三連休の中日にして、やっとのこと秋めいた乾いた風が都内でも清かに吹き始めた本日は、暦の上でも先勝とあるほどに さてもお日柄もよく。
「本当にね、それはそれはよく出来たお嬢様ですのよ。」
生粋の日本人でありながら、金髪に紅の双眸を持って生まれた、微妙に変わっちゃあいるお嬢様を。されど、髪の色が明るいなんてのは、今時 特に珍しい話でもなしと持ってゆくべく。世界的にも有名なバレエ団にて、その頭角をめきめきと現しておいでの有望なプリマですもの、いっそグローバルな舞台には相応しい美しさですわと。そっちから話を立ち上げたところなぞ、さすが、社交界にその人ありと有名だそうな某奥方様。介添えだか仲人だかを受けて立ったこたびのお見合い、成功させられればその手腕へ新たな箔もつこうというもので、そりゃあ頑張って下さっており。海外での公演にも抜擢されておいでで、そうそう先日の舞台では、あまりに印象的な存在感からでしょうねぇ、来賓でいらした東欧のお姫様から直々のキスを頬へと贈られたのだとか。通っておいでの女学園では、品行方正、学術優秀で、皆様から慕われておいでの優等生で…と。久蔵に関しての下調べは、途轍もなく微に入り細に入りと、仔細を浚っての完璧なそれであり。
“それにしては、俺の名前が読めんらしいが。”
ちょっぴり緊張してのことか、表情薄く、口数少なく…という、いかにも世間知らずな令嬢が見知らぬ異性と引き会わされておりますという様子を装い。今回は午前に逢っているから、昼食はラウンジでいただくのかな。談笑に何時間もかけるとは思えないから、それまで二人でそこいらを歩いて来なさいってパターンかなぁ。ちらと目線を上げたれば、
「……っ。//////////」
へえ。こうまで大人の男が、見る見る顔を赤くするとこなんて初めて見たぞ。随分としゃちほこ張ってるな。上がり性なのか、それとも場慣れしてないのか。ああそうか、年齢不詳に見えたのはスレてないからなんだろな。俺の視線くらいで赤くなってるようじゃあ、シチの必殺超ミニや、ヘイハチの胸寄せ腕組みなんて見た日にゃあ、鼻血噴いて倒れるぞ…なんて。結構楽しいことまで想像していた、こちらはなかなかに余裕のお嬢様だったのだが。
「…それじゃあ、今日はいいお天気でもあることだし。」
わたしたちはここでお話があるから、そうね、あなたがただけでお庭を散策でもしていらっしゃいと。そうと勧めた介添えの奥様と相手方のお母様らしき夫人とそれから、久蔵の母上とをロビーに残し。いかにも着馴れていなさそうなスーツのあちこちをしわにした、神田…えっと何てったかな? 利一郎さん?とかいう青年と共に。ロビーの奥、関係者しか知らない中庭へと出られる大扉のほうへ、視線とそれから軽く小首を傾げる所作だけで、相手をそちらだと誘導して見せた久蔵お嬢様であり。口許にうっすらとした笑みを浮かべてはいたものの、ここに七郎次や平八、五郎兵衛あたりがいたならすぐさま気がついたはずだ。
『…ありゃあ、作り笑いだな。』
『ええ。なかなか大したものですよ。』
『そうですよね。
そりゃあ高貴で厭味のない、アルカイックスマイル。』
女学園でも通用してますよ、あれ。そうそう、紅バラ様の希少な優しい微笑みとして。あ・勿論、アタシらと遊んでいるときは、もっと温かくて実のある笑い方をなさいますがと。それは興味深い証言が拾えたはずであり。
「あ、えっと。あの…。」
「はい。」
芝草も青々とし、様々な木々や四季に見合った花の茂みをバランスよく配された、手入れの行き届いた中庭は、原則、ロビーから見渡せるだけの場所であり、来客にむけての開放は基本としてしてはいない。唯一の例外が、ホテル内にある教会で結婚式を挙げたカップルだけで。そういう予約があった折は、オプションで日よけ用の大きな和傘を立てた茶屋も仕立てての、記念写真を撮影しもするのだが。今日は勿論そういう予定もないままに、二人しかいない静かな空間であり。蝉の声もさすがに聞こえず、ホテルという分厚い壁越し、表通りからの車の走行音がかすかに聞こえてくるくらい。ただ、それが聞こえるということは、それほどまでに会話が無い二人だということでもあって。可憐なガーベラのお花のようなお嬢様は、きっと自分からお喋りするのは恥ずかしいのかもしれないと思ったか。微妙に垢抜けないお兄さん、それでも意を決すると、
「あ、あの、三木さんは。」
「久蔵でかまいませんわ。」(注;棒読み)
「あ、えと。キュウゾウさんは、そう、ダンスとかなさらないのですか?」
ご趣味はなどと白々しい言いようだけは辞めとけとでも言われていたものか、少しばかりひねったことを訊いて来て、
「………ダンス。」
復唱されてから、はたと気が付いた。いくら上流階級のお嬢様でも、得手不得手というものはあるはずで。ここまでお淑やかなお嬢様なら、もしかしたならそういう運動系は苦手なのかも?
「ええとおぉ。////////」
悪いことを聞いたかなと、尚ます焦り始めた神田さんだったものの、
「ダンスは、そそられて困る。」
「…………はい?」
イマナニ イイマシタカと、今度は勢い固まった神田さん。…そうだよねぇ、そそるってのは何なんだお嬢様と場外から問うたれば。自分よりも多少は上背のある異性とがっぷり四つに組み、同じ間合いを保ちつつ、押したり引いたりしながらいるなんて。隙を見計らい 大外刈りの一つも仕掛けたくなる、久蔵お嬢様であるらしく。襟元へ手を置いても警戒されないなんて、まあまあ、投げ飛ばしてくれと言わんばかりじゃあありませんかと。
『あ、それ判るvv』
『…シチさん?』
『ああ、アタシの場合はダンスに関しての話だけどもね?
あんまり勘のよくない相手だと、イラッて来ちゃってさ。
足を掛けて こう来てこうで こうでしょって指導してやりたくなるの。』
そっちもどうかと。(苦笑) 過激なお嬢様たちだ、まったくよ。そんなこんなと他愛ない会話を (???) 交わしていたところへと、
「………?」
ポケットからのお呼び出しが掛かっていると気がついたお嬢様。ああそうそう、そういえば。このドレスのポケットへそのまま入れたんだと。軽やかなドレープへも影響を出さなんだ薄型軽量ケータイを、すいませんとお相手へ小さく会釈しつつ摘まみ出せば、
【 キュウちゃんへ
お昼をいただきますから、
神田さんをお連れして、ラウンジまで上がっていらっしゃい。】
さすがに見ていたらしい、お母様からのメールでのお呼び出し。ケータイなんて持って行ってはダメと止めそびれたそのついで、丁度いいやとこうして利用しちゃうあたり。久蔵のお母上とは思えぬ、ちゃっかりしたところもお持ちなようで。
「神田さん。」
「は、ははは、はいっ!」
「母と 〜〜さんがお待ちです。ラウンジへ参りましょう。」
介添えの奥様の名前は もしょもしょ誤魔化して、さあと腕を延べ、ロビーへ戻りましょうと促して。そのまますたすた、なかなかの足さばきで進みかけては……おっとっとと思い止どまり、相手の隣りへ並ぶことを意識する。微妙に危なっかしいお嬢様ぶりこだったが、相手も相当に緊張しておいでのようなので見破られてはないらしく。お昼前のお茶を楽しむお客様方でさわさわとにぎわうロビーを通り抜け、フロントクロークの前を通り過ぎ。メインタワーにあたろうホテルの中央部を貫く格好で階上へまで伸びている、四基あるエレベーターのうちの1つへと乗り込もう…としたところが、
「……そのまま、ついて来てもらおうか。」
低められた男の声が背後から聞こえ、何かしら堅いものを薄いジレ越しに押し当ててきた何者か。はっとした久蔵が、そろりと視線だけを連れへと向けると。そちら様もまた、スーツ姿の男にぴたりと背後を取られて固まっている様子であり……。
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*さあ、困った。ここまで書いたら異様に眠くなって来たぞと。(もしも〜し)

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